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2017/09/02 15:28:47 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
都の日暮れ 509
倉田洋平が釧路を離れる日、洋平は病室で宮沢智恵子の手を握りしめ、早く良くなって下さいね。これから沖縄に帰りますが医療費は全て倉田洋平が負担しますから大丈夫ですよ。野中さんが沼田安子さんを付けてくれました。次会う時は元気な顔を見せて下さいと言った。宮沢智恵子は涙を流していた。その時、智恵子はなぜ自殺を図ったのだろうかとふと思った。洋平は釧路から札幌に向かったが暗い気持ちに苛まれていた。千歳空港から羽田空港に向かったが食欲がなかった。こうして宮沢智恵子の件で倉田洋平はスイスに行く事を完全に閉ざされてしまっていた。その事は洋平の人生を大きく変えることになった。北海道の大地を上空から眺めながら洋平は人生は一寸先も見えない事があるものだなあと思っていた。
つづく


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2017/09/02 15:04:57 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
都の日暮れ 508
暫くして、宮沢智恵子の病状は日に日に回復していた。ただ、意識の回復は遅かったが、宮沢智恵子はやっと病室にいるのが倉田洋平であることもはっきり分かるようになり、ありがとうございますと絶えず言った。そういう時、主治医から近く北海道大学病院に転院することになりました。念の為ですと主治医は言った。またその頃、沼田安子が沖縄からやって来た。久しぶりだった。沼田安子にはホテル宿泊費のほかに生活費として五十万円を支給する事にした。ホテルは病院の近にしてもらった。釧路警察署からの話しでは尻羽岬の現場から事件と断定する遺留品は一切見当たらず、よって本件は事件としては扱わない事になったと言った。洋平は沼田安子に宮沢奈津子とは絶えず連絡をとるように言った。
つづく


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2017/09/02 11:47:28 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
都の日暮れ 507
あれから一週間が経っていた。倉田洋平は宮沢智恵子がもう少し良くなるまで釧路ミランクルホテルに宿泊していた。宮沢智恵子は意識が徐々に回復はしていたがまだまだ虚ろな状態だった。野中は三日間いて沖縄に帰って行った。宮沢奈津子は昨日釧路を離れていった。野中には小料理店あかぎの沼田安子を北海道に暫く行くことを赤木桂子と相談して早急に来て貰えるようにしていた。また洋平は友坂理恵にも連絡し事の詳細を話した。また友坂理恵から榊原秋子、緑川さわ子にも知らせて欲しいと頼んでいた。その日、主治医の長野裕一郎医師から洋平は呼ばれ、智恵子の回復は今暫くかかるが必ず良くなると言われた。主治医は顔中、かなりの傷痕が残りますが、東京の美容整形手術でかなり良くなるので退院したら考えて下さい。宮沢智恵子さんはかなり綺麗な方ですねと残念そうに言った。洋平は毎日献身的に病院に来て智恵子の側を離れない日を過ごしていた。奈津子や野中からもかなり連絡はあった。野中が沼田安子が明日から北海道に行くことを了解した。宮沢智恵子が退院する
までと云うことになったと言った。洋平も沼田安子と交代して沖縄に帰る事にしていた。その翌日、釧路警察署から洋平に連絡があった。
つづく


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2017/09/02 10:18:40 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
都の日暮れ 506
倉田洋平と野中は急いで釧路聖赤十字病院に行った。五階の外科東病棟に行くとナースステーション辺りで宮沢奈津子が待っていた。洋平と野中は静かに個室に入って行った。ベッドに宮沢智恵子は寝かされていたが全く動く気配はなかった。久しぶりに見る宮沢智恵子は無惨にも顔中と頭部が真っ白な包帯で幾重にも巻かれていた。まだ意識が朦朧として人の認識がよくわからない状態だった。重症だった。洋平はベッドの近くまで行き、宮沢智恵子さん、倉田洋平と野中ですと言うのが精一杯だった。久しぶりに会うあの美貌の女性の宮沢智恵子と洋平はこうして結納の日以来会ったのである。洋平はたまらず声をあげてないた。涙が滴り落ちて止まらなかった。
つづく


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