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2019/06/16 14:07:02 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
人工知能 4

将棋ソフトは人間の盲点を突いてくると言ったが、逆に言えば、それは自分の視座が変わるような見方を教えてくれるということでもある。自分はこう思うが、人工知能はどう思うのかと、あくまで絶対の判断ではないという前提で使っていくやり方もあるはずである。チェスの世界ではもう十年以上前から、ソフトを使って、指し手を分析したり、研究したりすることが当たり前になっている。初期の段階ではソフトの出す回答にはばらつきも多く、上手に使いこなせるかどうかが勝敗を分ける大きなポイントになっていたが、今は皆が利用しているので、そこでは差がつかない。勝負のレベルはソフトをいかに上手に使いこなし、データべースも含めてプログラムをどの程度まで利用していくかという話まで達しているのである。。
つづく


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2019/06/05 12:30:10 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
人工知能 3

もちろん、人工知能をいわば仮想敵のように位置付けてしまって、その効果的な利用方法を検討しないのは、得策ではない。うまく活用すれば、必ず私達人間にとって大きな力となるはずである。例えば、その一つがセカンドオピニオンとしての人工知能である。セカンドオピニオンとは、医療の世界で患者が一人の医師だけでなく、別の医師からも、こういう診断もあると第二の意見を聞くことである。同様に、人間同士の判断だけでなく、人工知能に、こういう可能性もあると提示してもらってもいいのではないかとも考えている。つづく


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2019/05/26 13:22:50 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
夢の彼方に 89

その日、名護の道の駅の福原初江から夕方連絡が入った。妹の花畑芳野の容態が急変し亡くなったと涙声で伝えられたのである。あまりにも若くしての死去に湯沢陽一は胸が苦しく涙が止まらなかった。湯沢陽一にとってはほんの短い間の花畑芳野との知り合いではあったが、心底惚れていたのは間違いなく、花畑芳野が結婚していなければと真剣に考えるほどだった。白い大根を渡して帰っていくあの花畑芳野を思い出すと、もう二度と会えないのかと思うにつれつらかった。姉の福原初江は妹の告別式は明後日の午後三時から名護市内のお寺で執り行われると言った。湯沢陽一は告別式には行かず友人一同としてお花を献花することで最後の別れにした。湯沢陽一は先日、名護に行った折りなぜ花畑芳野の見舞いにいかなかったのかとずいぶん悔やんだ。何もしてやれなかった無力さに暫くうちひしがれていたのである。
つづく


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2019/05/25 12:34:00 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
人工知能 2

もちろん、それでもいいという考え方もあると思うが、では、もし人工知能に全てを任せた結果、そのシステムでは対応出来ない問題が出てきたら、どうだろうか。誰がその問題を解決すればいいのだろうか。実際、将棋ソフトでも、どっちが優位か形勢を判断する評価値は絶対的に正しいわけではない。人間から見ても接戦になっている場面では、値はソフトによってかなり幅を持っようだ。そうなると、どこまで評価値の判断を参考にするかまで含めて、選択肢を考えていくことが必要になる。そして、その思考力は、やはり普段の対局から自分で考えることでしか、養われないのである。
つづく


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2019/05/25 11:34:20 ブログカテゴリ 日記 | 書庫 全般
夢の彼方に 88

湯沢陽一は翌日、名護市内にあるビジネスホテルを出た。名護湾を右手に見ながらいつ来ても素晴らしい眺めにうっとりしていた。名護の道の駅には寄らなかった。仲泊のレストランで昼食をとった。湯沢陽一はずっと小川伸介の事を考えていた。小川伸介は、名護にいた時のある時期から東南アジアとの貿易に当たり何らかの不正を働いた。それが発覚し会社を辞めざるを得なかったのだろう。そして、私には医学部への受験を理由にした。湯沢陽一は、小川伸介には医学部への意思は全く無かったのだと読んだ。しかし小川伸介の医学部への意思は、何故か湯沢陽一にはひっかかるものがあった。赤川一子が小川伸介の事から湯沢陽一に是非医学部に受験するように勧められた。時としてある事が人生に大きな影響を与えることも無くはない。仲泊の海は静かだった。那覇についた頃、妹から電話があり、母親を検査入院させ、精密検査を受けさせたので近く病院に顔を出すように言われた。それから一週間がたった頃だった。悲しい知らせが届いたのは。
つづく


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