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2009/08/12 20:22:35 書庫 沖縄のシーサー
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しーさー・・・・・

(゜∀゜)・∵. ガハッ!!

(〃^∇^)o_彡あははははっ♪
(o_ _) 彡☆ばんばん!




たのしーさー^^



うれしーさー



いさましーさー







かわいらしーさー



ものものしーさー



はずかしーさー



あぶなっかしーさー



なんだか
なつかしーさー



おそろしーさー





うしーさー・・・











なんだかおかしーさー



ほんとに
おかしーさー























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動物園と言えば・・
2009/08/02 19:12:42 書庫 沖縄の動物園
やっぱり

沖縄こどもの国





ですかね〜

でも・・
その近くにある

小さい動物園も地元では
有名です


高速 沖縄北インターを降りると
右へ曲がり
知花十字路を左に曲がってしばらく行くと


ミニミニ動物園


入口はこれ





ラマちゃん〜^^



クジャクさん〜


テレビで有名なフクロウさん〜^^



ビーフ・・
^^



ダチョウ〜?^^;



ロバさん〜



ガメラも



暑いからね〜^^



亀はいっぱいいます〜



ひーじゃー



コンドル??



ところで・・



これって



ミニミニ??



結構本格的な



動物園ですよね〜



そして・・・
なんと・・




ここって・・



完全無料なんですよ〜



見るだけなら
0円です〜



いまどき
凄いんでない〜^^



ワニガメもびっくりしてるし〜^^



夏休みの今



子供連れて



いいんでないかい〜^^



でも・・



ただ! ってことは
経営者は・・・



ボランティア???



餌代だって大変だろうに・・



収入はどこから??










と思ってると・・・

販売店には
人だかりが・・・



すごい人ごみです・・



たまごが 1パック20個入ってて
200円! やすっ!



お菓子類も やすっ!







このシュークリームなんて
通常の2.5倍はあるのに
120円!!!
やすっ!



しかも うまっ!

厨房はものすごく
忙しそうです!



なるほどね〜
ここの名称は
「ミニミニ動物園・ズケラン養鶏場」・・・



今では養鶏はやってないようだけれど
たまごを使った商品が
おいしくて 安くて!



子供連れの方にお勧めです^^



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波の音を聞きながらの花火〜
2009/07/20 19:16:10 書庫 沖縄の花火



沖縄の花火と言えば

もちろん!



http://oki-park.jp/jp/event/pdf/summer_fes2009.pdf

すごいですよね〜


でも・・・


の交通規制をみても分かりますが
1k移動するのに何時間かかるの?
というほどの
あり得ない混雑が高速道路から始まります・・・


あんな地獄的な混雑はいや・・・
でも見たい・・・


そんな人に
教えましょう〜


当日は夕方から目的地を目指します

僕の場合は夕方5:00に那覇を出発しました^^

高速を使って最終インターの許田インターまで
すいすい〜です^^

許田インターも全く混雑していません〜

(昼間の11:00〜16:00は
 殺人的な混雑していますが
 その時間を過ぎると 嘘のように
 閑散とします)

そして海洋博に近づいたとき・・


瀬底島に向けおもむろに
左折し、瀬底大橋を渡ります




目指すは
海洋博でなく

瀬底ビーチ!



地図を見て分かる通り
海を挟んで
海洋博の花火が見られます〜!

到着19:30^^

20:00花火スタートで
ちょうどいい時間です〜^^

ついたときの
ビーチの動画です↓^^


右側が海洋博
左側に伊江島が見えます
(伊江島からも コラボレーション花火が上がりますよ^^)







会場は4キロ先ですので
花火のだいご味は味わえませんが
波を音を聞きながらの

素敵などでかい線香花火のようです^^

動画↓みてみて〜









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やまくんぶ〜〜〜〜
2009/07/12 17:23:49 書庫 沖縄の芳香剤











やまくにぶー

って知ってます?

沖縄方言のようですが


山九年母 【やまくねんぼ】

が訛った言葉でしょう


山九年母 を検索してみると
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/195292/m0u/%E5%B1%B1%E5%9B%BD/

もろこし草の別名と
あります

 

まあとにかく
このことです↓

店の人は「やまくんぶー」と言って
紙にもそう書いて貼ってましたが




ドライフラワーにして
使います〜^^




「やまくにぶー」と呼ぶという説もあります
http://ryukyu-lang.lib.u-ryukyu.ac.jp/srnh/details.php?ID=SN51784
(音声付)

地域地域で呼び方が若干ちがうんでしょうね〜


毎年6月ごろだけ
公設市場などで
売られるだけで
今では手に入れるのはとても難しい
希少価値の高いものです

 

沖縄のおばーの匂い!
と言えば分りますかね〜^^;

防虫剤の替わりにタンスに入れて
香りも付けるってことですね


たぶん
沖縄の昔のおばーを知ってる人は
この匂いを知ってるでしょうが
若い人は知らないかもね〜
もちろん本土の人は殆ど知らないでしょうね〜

でも・・
たぶん・・
初めて匂いを嗅いだ人は
「ぐっさ〜〜〜〜〜いぃぃ」と
不快感を覚えるでしょうね〜^^


だから娘が
僕に不快感覚えるんだ〜
(゜∀゜)・∵. ガハッ!!

(〃^∇^)o_彡あははははっ♪
(o_ _) 彡☆ばんばん!

(゜o゜)\(-_-)その年でそんなの買うか?普通・・


 










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愛に溢れた楽しい園
2009/06/26 23:23:14 書庫 沖縄の絶対に忘れてはいけない事











屋我地島のこの看板を



左に行くと

やがて 古宇利島へ続く

沖縄本島で一番きれいな海が見られる

古宇利大橋が現れます




いい情報を教えます

この島に入ってすぐ右のビーチは

皆が知っている

ビーチで込み合っています

そのビーチの奥の農道を最後まで突き当りまでいくと

素敵なプライベートビーチがあります


それも秘密の情報ですが・・・



それよりも
それよりも

もっと知られていない素敵なビーチが
古宇利島にはあります







島を左から時計回りに行くと

この目印


拡大



の・・
路地ではなく^^;;
(この道に入って行っても
 行き止まりです^^;)



次の何の目印もない路地




曲がります



ず〜っと
ず〜っと奥まで行くと
(思ってるよりも・・ ず〜っと奥です^^)




なんと

素敵な!誰も知らない
プライベートビーチが!




お勧めです^^


是非動画を↓見てね^^






















さて・・・

あの標識を

左でなく
まっすぐ行くと

こないだ新聞でも取り上げられた
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-144642-storytopic-11.html

愛楽園があります
ここの中にもビーチがありますが
そこからの古宇利大橋もきれいですよ^^




うちなーんちゅの命を守った
壕(ガマ)はこの
愛楽園の中にもあることは

あまり知られていません



人口の壕です



園の中は広くて
探すのは結構大変でした



あのすさまじい空襲に
地上戦の中
この壕のおかげで



犠牲者はほとんどいなかったそうです







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詳しい説明
日本軍によって収容されたハンセン病患者は、療養の間もなく、防空壕の掘削作業にかりだされました。「早田壕」の構築です。「早田壕」とは、一九四四年三月、第二代沖縄愛楽園園長に着任した早田皓氏の名前に由来します。戦後五十七年たった今でも、入園者の中には早田氏を「コーレーグース(唐辛子を使った沖縄の調味料。辛い)園長」と呼んで、強引な指導を非難する方がいます。彼の「働かざるもの食うべからず」の号令の下、切断された腕に鍬をくくりつけて行った壕掘り作業で病状が悪化した方も多く、その記憶を今なお背負っていらっしゃるからです。早田氏は戦後、愛楽園での沖縄戦体験を二本の論文に記しました。「戦時と敗戦直後の沖縄のらい」(『レプラ』日本癩学会 一九七三年)と「愛楽園被爆始末記」(『沖縄のらいに関する論文集』(財)沖縄らい予防協会 一九七九年)です。沖縄への赴任から防空壕構築、空襲と米軍進入、一九四六年九月に沖縄を離れるまでの様子を詳細に記録されています。しかし彼は、戦後一度も沖縄を訪れていません。早田氏が何を思い戦後を生きたのか、当時、一緒に沖縄へ来ていた長男の満氏はその足跡をたどろうと、調査をライフワークにされています。入園者の中には、「強引ではあったが、彼がいなければ、私たちは助からなかった」と早田氏の指導を認める方もいます。それは、愛楽園の「被弾による死者」が一名にとどまっているからです。愛楽園は、十・十空襲に始まる米軍の攻撃で、壊滅的な被害を受けています。園内に打ち込まれた砲弾の数は、「爆弾約六〇〇発、ロケット砲
約四〇〇発」(前掲早田氏の論文)などと記録され、現在も園内には、おびただしい数の弾痕を残した「職員住宅地の壁」や「給水タンク」があります。しかしこのとき入園者は、空襲直前にほぼ完成していた「早田壕」に待避して、難を逃れました(ただし、一九四四年一〇月から翌年一二月までの死者は、二八六名を数えます。壕内の不衛生な環境と食料不足、満足な治療が受けられなかったことによる病状の悪化が原因と思われます)。

http://homepage3.nifty.com/kibonoie/okinawa2.htmより引用
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